ロザリオ （Monaco di Baviera）

日曜日のミュンヘン。重い木の扉を押して早朝のフラウエン教会（Frauenkirche）に足を踏み入れると、聖堂の後方にある聖歌隊ボックスから♪Credo in unum Deum （われは唯一の神を信ず）♪が聞こえて来た。このあとの日曜ミサで歌うのだろう。



学生時代に合唱団で何度かミサ曲を歌ったので、Kyrie, Gloria, Credo, Sanctus, Agnus Dei の式文が、断片的に蘇ってくる。ア・カペラの残響音が大聖堂の高い天井に一度ぽんとぶつかったあと、私たちの耳に届く、その非日常的な音に浸る心地よさ。



心から慕っていた人が、週末の朝、天に召されていった。復活祭前に右目の白内障の手術を受けて、｢世の中が全く違って見えるわねぇ。これで左側の手術もうまくいったら万歳だわ。｣と顔をほころばせていた。私が立ち寄る時にはいつも何か見繕って手土産を持たせる。そうしないと気がすまないのだ。手作りのトルタだったりジャムだったりワインだったり。｢今日はあいにく何もなくて…｣　右目の手術見舞いに自宅を訪ねると、彼女はすまなさそうにしながら、その日の朝、庭先を回って見つけた産みたての卵を、１つ１つ丁寧に新聞紙に包んでカゴに入れた。そしてくうたんが6月夏休みに入ったら、また一緒にトルタを焼きましょうと約束して別れたのだ。

その彼女が目の前にいる。口を心持ち開けて、まるで眠っているかのような安らかな顔。軽く組まれた両手にはロザリオがかけられている。最愛の家族にすら何も言わないで彼女は突然逝ってしまった。